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第25話 篠崎使用スケジュール

作者:急急如律令


2025/12/02 15:00 公開

 都心、霞ヶ関の巨大ビル群。
 その一角にある「日本産業連盟会館」の大会議室に、俺たちは呼び出されていた。

「な、なんか……想像以上に厳つい建物だね……」
 明里が俺の腕をぎゅっと掴む。

「俺も一緒に震えてるから……安心してくれ……」

 玄関前には黒塗りの車が並び、スーツ姿の人々が慌ただしく走り回っている。どう見ても大学生が来る場所じゃない。

 鳥居准教授だけはなぜか妙に堂々としていた。
「アメリカの国防高分子会議に比べれば、可愛いもんだよ」

「比較対象が狂ってるんですけど!?」



 案内された会議室には、すでに30人近いスーツの人物が着席していた。

 触媒メーカー、半導体メーカー、医療機器メーカー、自動車メーカー……
 日本を代表する企業ばかりだ。

 その視線が、一斉に俺たちに向いた。

「「……!!!」」
 明里と俺は同時に固まった。

 産業連盟の議長が立ち上がる。

「本日はお忙しい中、わざわざお越しいただきありがとうございます。篠崎蓮君、桐原明里さん、そして鳥居准教授」

 俺たちは頭を下げた。

「まずは……プラチナの安定供給を実現してくださったこと、産業界を代表して深く感謝申し上げる」

 会議室全体から拍手が起きる。

「ちょ、ちょっと待って!? オレそんな大層なことをしたわけじゃ……」

 否定しようとすると、横で明里に袖を引っ張られた。

「蓮、こんな時は素直に受け取ろうよ。せっかく褒めてもらってるんだから」

「うっ……」



 議長が資料をめくる。

「さて、本題に入ります。今回の緊急会議の目的は——
 “今後の供給計画と、各業界の要望のすり合わせ” です」

 そう言った瞬間、会議室の空気が変わった。

「自動車業界としては触媒用プラチナの年間供給量を——」
「医療業界では治療用白金化合物が逼迫しており——」
「燃料電池開発ラインを再起動したいのですが——」
「半導体では微量高純度プラチナが——」

 次々と手が上がり、要望が飛ぶ。

 俺は頭を抱えた。

「ちょ、ちょっと待ってください!全部は絶対無理です!」

 会議室が静まる。

 鳥居准教授が口を開いた。

「篠崎の能力には上限がある。機械化と言っても、生産量には限界があるんだ」

 議長も深く頷いた。

「承知しています。そのうえで、優先順位を決めたいのです」

「優先順位……ですか」

「はい。たとえば、国家インフラ関連の産業、医療関連、次いで輸出産業……というように」

 確かに、産業界全体の要望を満たすのは無理だ。
 ならば、国としての優先を決めるしかない。



 議長が少し声を落として言った。

「……そして、もうひとつ重大な案件があります」

 会議室に緊張が走る。

「海外からの“引き抜き”が、すでに始まっています」

「「えっ!?」」
 俺と明里が同時に声を上げた。

「篠崎蓮君、あなたを国外企業が正式にスカウトしています。複数の国からです」

「は、はぁぁ!? なにそれ!?」

 俺は椅子から転げ落ちそうになった。

「もちろん日本政府は全力で守ります。しかし、あなたの能力が世界の白金族市場の均衡を崩しているのも事実。海外は黙っていません」

 鳥居准教授が苦笑した。

「ほら、言っただろ?“覚悟しろ”って」

「いや、そんなスケールの話だとは思ってなかったんですけど!?」

 明里が俺の手をぎゅっと握る。

「蓮は……絶対、国内で守るから。大学だって協力するから」

 俺は深呼吸をして頷いた。

「……俺は、日本で研究を続けます。ここで皆さんの役に立ちたい」

 会議室の空気が明るくなる。

「そう言っていただけると心強い。では、今後の計画を……」



 会議後、出口へ向かう途中。

 企業の人々が次々と俺たちに名刺を差し出してきた。

「ぜひ弊社の工場見学へ!」
「共同研究を!」
「スポンサー契約も検討できます!」

 明里が小声で耳元に囁いた。

「蓮、これ……全部対応するの無理だよね?」

「無理どころじゃないな……」

「じゃあ……私がスケジュール管理してあげる!」

「頼もしすぎる……!」

 鳥居准教授が笑う。

「大学と産業界と政府を相手にするんだ。覚悟しておきな」

「もう覚悟しかないです……!」

 こうして——
 産業界を巻き込んだ“プラチナ新時代”の歯車が、
 静かに回り始めていくのだった。



 産業連盟との緊急会議から三日後。
 キャンパスは――地味に、とんでもないことになっていた。

「……なんだこの人の数」

 朝、研究棟に向かうと、廊下に見知らぬ教員やスーツ姿の人たちがうろうろしている。
 さらに、近くの研究室の前には、明らかに“待ち伏せ”風の集団までいる。

「おい、あれが例の“プラチナ生成の学生”じゃないか?」
「ほんとに? 今日来るって情報が……」
「声、かける?」「いや、教授に怒られる……」

 全部聞こえてんだけど!

「蓮、人気者だね……?」
 横の明里が苦笑しながらひそひそ声で言う。

「いや、これは人気じゃなくて……狩られてる感じだろ!」

 そこへ背後から声が飛んだ。

「篠崎君っ! ぜひ、我が研究室にも話を――」

「きゃっ!? な、なんでいきなり!?」

 突然、白衣の男性が明里を押しのけるように迫ってきた瞬間、

「こらぁぁぁぁああああ!!」

 雷より怖い声が廊下に響き渡った。



 現れたのは桜庭教授。
 両手に書類を抱えたまま、鬼のような形相で怒鳴っていた。

「うちの学生を捕獲しようとするんじゃない!!」

「か、捕獲って言いましたよね今!?」

 教授は俺たちを背中で庇うように立つ。

「篠崎も桐原も非常に繊細な研究をしてる! 研究室の許可もなく接触したら、その時点でルール違反だぞ!」

 叱責された教員たちは一斉に頭を下げた。

「も、申し訳ありません……!」
「つい、材料が欲しくて……」

「“つい”で学生に突撃するな!!」

 教授の怒声が再び研究棟に響く。



 教授に保護されながら研究室へ向かう途中、俺は見てしまった。

 廊下の掲示板に、でかでかと貼られた紙。

【臨時共同研究員募集】
 ・プラチナ関連研究
 ・白金族触媒の新規開発
 詳細は研究室まで!

 さらに別の貼り紙。

【プラチナ新素材プロジェクト始動】
 篠崎君の協力を歓迎します!

「いや、これ完全に俺を釣ろうとしてるよね!?」

 明里がため息をつく。

「ここまで露骨だとは……」

 鳥居准教授が後ろから肩を叩いた。

「大学ってのはね、金とプラチナの匂いを嗅ぎつけた瞬間、理性が飛ぶのさ」

「怖っ!? そんなブラックな世界だったんですか!?」

「アメリカなんてもっとすごいぞ? 会議室の外でスカウト同士が殴り合うことだって――」

「やめて、想像したくない!!」



 研究室に着くと、さらに厄介な光景が広がっていた。

 教授同士が研究室の前で押し問答している。

「うちの研究分野のほうが優先度は高いはずだ!」
「何を言うか! 医療用触媒の研究こそ国家重要案件だ!」
「篠崎君の時間を月に何時間確保できるか、それを話し合おう!」
「いや、うちがすでに予約している!」

 俺は小声でつぶやいた。

「なんか……俺のスケジュールが、家電量販店の福袋みたいに争奪戦になってない?」

「蓮、大人気……だね?」
 明里が引きつった笑顔で言う。

「いや、ちっとも嬉しくない!」

 桜庭教授が割って入った。

「全員落ち着け。篠崎の貢献量には限界がある。無茶な要求は受け付けない!」

「しかし、だな……!」
「我々も研究が……!」

 教授が壁を指差して吠える。

「だったらまずは予約表に名前を書け!! ルールを守れ!!」

 見ると、研究室のドアに“篠崎使用スケジュール表”が貼られており、すでにぎっしり書き込まれていた。

「えっ……俺の空き時間、ほぼゼロなんですけど!?」



 さらに追い打ち。

「篠崎先輩! プラチナってどうやって生成してるんですか!? 教えてください!」
「桐原先輩! 共同研究、手伝わせてください!」
「触ると生成できるって噂、本当ですか!?」
「都市伝説だよ絶対……でも触らせてもらえません?」

「なんで俺の能力が“触ると発動する”みたいな怪談になってるんだよ!!」

 明里がじとっと視線を向けてきた。

「蓮……私以外の人に触られてないよね?」

「触られてないよ!! 俺は忠誠を誓うレベルで触られてない!!」

 鳥居准教授がにやにやしている。

「いやぁ、日本の大学もまだまだ元気で安心したよ。こういう混乱、私は嫌いじゃない」

「准教授は絶対楽しんでますよね!?」



 会議室に移動したあと、桜庭教授がため息をついた。

「……想像より早く、大学全体が動き出したな」

「やっぱり、まずいんですか?」

「まずい。だが同時に、これだけの“熱量”は大学としても滅多に得られないチャンスだ」

 教授が俺を見た。

「篠崎、おまえがこの大学の中心になっている。
 だからこそ、我々も全力で守る。
 だが——気を抜くな」

 俺は強く頷いた。

「はい」

 明里も横で小さく笑う。

「蓮なら、大丈夫。私もいるし」

「……ありがとう」

 大学全体が、プラチナと白金族を巡って騒然とし始める。
 その中心にいるのは、紛れもなく俺たちだった。



 篠崎蓮が研究棟に戻ると、静まり返った廊下に、張り詰めた空気が漂っていた。
 教授会の反対派が、政府との契約内容を巡って最後の抵抗を試みている──そんな噂が流れていた。

 ドアを開けると、中では反対派の中心人物である木島教授が、数名の若手教員を集めて声を荒げていた。

「いいか? 今回の契約は、大学を実験場にする危険がある。研究の自由が奪われるんだぞ!」

 その言葉に若手たちはうつむき、賛同とも反発ともつかぬ表情を浮かべている。
 蓮は静かに歩み寄り、木島に向かって頭を下げた。

「木島先生。お話しできませんか」

「君に話すことなどない。……いや、あるな。なぜこんな危険な技術を外に出した? 君の判断が、大学を破壊するんだ」

 木島の声は怒気に満ちている。しかし蓮は揺らがない。

「先生。僕たちの研究は、人類全体の資源不足を救える。大学の保守的な枠内に閉じ込めておく方が、むしろ学問の死です」

「理想論だ。政府が一度介入すれば、技術は軍事利用される。過去に何度もあったことだろう!」

 彼の背後で若手研究員が不安げに顔を見合わせる。

 蓮は深く息を吸い、机の上に一枚の紙を置いた。
 それは政府の“研究者保護条項”を含む正式契約書案だった。

「軍事転用を禁止し、研究者の独立性を担保する条文です。これは政府側が、自分たちから追加を提案してきた部分です」

「……政府が?」

「ええ。あの技術が危険だと知っているからこそ、透明性を求めている。
 責任ある扱いを望んでいるのは、僕たちだけではありません」

 若手教員の顔色が変わった。

「木島先生……本当に軍事利用の心配がないのなら……」

「研究の自由も確保されるなら……」

 彼らは木島の背後から、そっと距離を取った。
 木島の目にかすかな焦りが浮かぶ。

「……君たちまで、そっちにつくというのか?」

 若手の一人が、おそるおそる言葉を返す。

「先生の危惧は理解しています。でも、篠崎の資料を見る限り、この技術は社会のために使うべきです。大学が“拒否した”となれば、世界中から批判が来ます」

「今は、技術を閉じ込めるよりも、正しい管理下で開放すべきです」

 木島は信じられないという顔で蓮を見た。

「……君はずいぶん、味方を増やしたようだな」

「いいえ。味方ではありません。ただ情報を正しく伝えただけです。先生にも同じ資料をお渡しします」

 蓮は追加資料を手渡す。
 木島の手が震え、紙がかすかに揺れた。

「……私は、大学を守りたかっただけだ」

「その気持ちは皆同じです。だからこそ、正しい形で一歩を踏み出す必要があるんです」

 しばしの沈黙ののち、木島は重く息を吐いた。

「……教授会の反対は取り下げよう。だが、条件がある」

「なんでも言ってください」

「この技術がもし、危険に向かって進む兆候があれば──
 真っ先に大学へ報告し、私に相談することだ」

 蓮は微笑んだ。

「もちろんです。“反対派”ではなく、“監督役”として協力していただけますか」

 木島は少し照れくさそうに視線をそらした。

「……好きに呼べ」

 こうして、教授会内の反対派は瓦解した。
 しかしこれは終わりではなく、蓮にとっては“ようやく全員で同じスタートラインに立った”というだけだった。


◆政府内でのプラチナ価格決定議論

 霞ヶ関・経済産業省の特別会議室。
 重厚なドアの向こうでは、各省庁の幹部たちが、前例のない議題を前に緊張した面持ちで席に着いていた。

 議題は一つ。
「量産される“篠崎プラチナ”の価格をどう決めるか」。

 長机の中央に座る経産省産業政策局長・上原が口火を切った。

「……これほど厄介な会議は久しぶりだ。まず前提として、今回のプラチナは“人工的に安定生産され得る”という意味で、既存の貴金属市場とは根本的に性質が違う。従来の市場価格を単純に参照するのは無理がある」

 財務省主計局の田村は、書類を指で叩きながら皮肉気に笑う。

「無理がある、じゃなくて“無理にする気があるのかどうか”でしょう。価格を間違えれば予算にも税収にも大きく響く。こちらとしては高めに設定していただきたい」

「そう簡単にいかないのですよ」
 と外務省の国際経済担当・浅井が冷静に割り込む。

「日本が独占的にプラチナを供給するという構図は、国際資源市場の秩序を乱す。高すぎれば“資源国家として振る舞っている”と批判され、各国の対日感情が悪化します」

 防衛省の分析官・鳴海は腕を組みむと短く言う。

「逆に安くしすぎれば、軍需産業に過剰に流れ込む危険性があります。供給が増えれば兵器の高度化も一気に進む。国際的な軍拡競争につながりかねません」

 会議室に重苦しい沈黙が漂う。

 誰もが理解していた。
 ──これは、“価格”を決める議論ではなく、日本の未来の立ち位置を決める議論だ。

 



 そこへ、科学技術政策担当の官僚・黒川が手を挙げた。

「篠崎氏から提供された資料によれば、生産コストは現状では市場価格の約六分の一。とはいえ、装置の保守費用や稼働率の問題を考えると、“無制限に安く大量供給できる”というイメージは誤解です」

 田村が眉をひそめる。

「コストが安いなら、安く売ればいいではないかね」

「安さだけで判断すべきではありません」
 黒川はきっぱりと言い返す。

「篠崎氏自身も懸念していました。価格を下げすぎると、既存のプラチナ採掘産業が壊滅し、途上国の経済が崩れます。倫理的にも国際関係的にも深刻な問題です」

 浅井がうなずく。

「そう。彼らの経済が崩れれば情勢不安が広がり、結局は日本の外交コストが増える」

 



 議論が平行線をたどるなか、内閣府の特命担当大臣・宇都宮が静かに口を開いた。

「……結論を急ぐ前に、一つ確認しておきたい。私たちが守るべきものは何か?」

 誰も返さない。

 宇都宮は続けた。

「私たちが守るべきは、市場の秩序か、税収か、国益か、それとも世界との信頼か。
 篠崎プラチナは、もう“物質”ではない。これは“国家間の力学を動かす装置”なんだ」

 上原が深くうなずいた。

「……では、次の案を提案します」

 会議室の視線が一斉に向く。

 



 上原はホワイトボードに三つの案を示した。

案A:市場価格に合わせる(従来のプラチナ相場に追従)

メリット:世界市場との整合性が取れる
デメリット:生産コストから見て不自然、篠崎技術の価値が正当に評価されにくい

案B:市場価格よりやや安く設定(10〜20%安)

メリット:産業界の受け入れが良い
デメリット:鉱山国へのダメージ、国際的な軋轢のリスク

案C:市場価格より高く設定し、“希少性維持型”を世に示す

メリット:資源国家化の懸念が薄れ、国際的なパワーバランスを乱しにくい
デメリット:産業界から不満が噴出、国内での批判は避けられない

 説明が終わると、会議室に緊張が戻った。

 



「……Aでは意味がない」
「Bは危険だ」
「Cは国内が黙っていない」

 各省庁の利害が激しく交錯し、議論は混迷を深めていく。

 だが、最後に宇都宮がぽつりと言った。

「“篠崎プラチナ”は無限ではない。生産には管理が必要で、装置も故障する。
 それを世界に示すためにも──しばらくはC案を基準に、慎重な価格管理を行うべきだろう」

 異論もあったが、誰も完全に否定することはできなかった。

 こうして政府は、
“市場価格より高め”に人工プラチナを設定し、国際情勢を乱さない形で流通させる
という暫定方針を固める。

 だが、これはまだ序章にすぎない。

 ――新たな資源を巡る世界の反応は、ここからさらに激化していくことになる。