2025/12/03 15:00 公開
日本経済団体連盟──通称「経団連」。
その大会議室は、深夜にもかかわらず重々しい空気に包まれていた。
席には自動車、電子部品、化学、エネルギーなど、
日本の産業界を支える巨大企業のトップたちが並び、
真正面には経産省の担当官僚たちが控えている。
議題はただ一つ。
「篠崎プラチナ」価格の是正要求。
◆
最初に声を荒げたのは電子部品メーカーの会長だ。
「国家が価格を高めに設定するのは理解しますよ。しかしですね、我々にとってプラチナはコストの要なんですよ!
触媒、電極、センサー──使う場面は無数にある。
これでは量産ラインが止まる!」
「市場価格より高い人工プラチナなど、産業合理性に反しますな」
化学メーカーの社長も畳みかける。
「それなら、従来の輸入品と同じ価格でいいではないか。なぜ高値維持など……!」
経産省側の担当官・木嶋は頭を抱えるようにしながら答えた。
「……国内外の情勢を鑑みた上での判断です。資源国への配慮もあり──」
「配慮? そんなものより“産業の死活問題”のほうが重い!!」
怒号が飛び交い、机が揺れた。
企業連盟のトップたちは、
いかにしてもプラチナを安く供給させたい──その一点で一致していた。
◆
議場が荒れる中、静かに発言したのは自動車大手の会長・大垣だ。
「……要するにだ。我々は安いプラチナが欲しい。政府が価格を下げられないなら──」
大垣は書類を軽く叩いた。
「篠崎蓮くん本人と、大学側との契約内容を見直させてもらいたい。
企業から直接資金提供をし、我々の管理下で適正価格を実現する方法があるはずだ。」
会議室の空気が一瞬凍る。
「直接……管理……?」
木嶋が青ざめた顔で言う。
「それは、国家の資源政策を企業が握るということですよ?」
「国家資源? 笑わせてもらうな」
大垣は鼻で笑った。
「“人工的に作れるプラチナ”を、なぜ国が独占する?
イノベーションの恩恵は市場でこそ発揮されるべきだ。
政府が高値維持で渋るなら、企業は企業で動く」
その言葉に、他の企業トップたちの目が光る。
「篠崎くんに研究室ごと企業へ移ってもらう手もある」
「共同研究名目なら、政府は口を出しにくい」
「産業界で囲ってしまえばいい」
官僚側の背筋に冷たい汗が流れる。
◆
その日の会議後、経団連はすぐさま政府に対して
「価格の見直し要求」 の正式文書を提出する。
内容は極めて強硬だった。
●篠崎プラチナの価格を市場価格レベルまで引き下げること
●プラチナ供給の優先権を国内主要企業へ与えること
●研究開発に産業界を参画させ、情報を共有すること
さらに、大手企業からの個別の圧力も続々と内閣府へ届く。
「産業停滞の責任は政府にある」
「高値維持は国益より既得権益を守っている」
「我々は投資を海外に逃がさざるを得ない」
まるで“経済戦争”のような様相だった。
◆
産業界の矛先は、篠崎蓮と桐原明里の所属する大学にも向けられる。
「篠崎くんを企業で保護したい」
「研究室ごと移籍を検討しませんか」
「技術を企業で管理するべきだ」
学長は顔面蒼白。
「……これでは、大学が持たない……!」
◆
彼らの目的は単純で、しかし強烈だ。
──“プラチナを自分たちの手で安く、無制限に使いたい”
そのためには、政府も大学も押し切るつもりだった。
◆
この圧力が引き金となり、政府内では再び
「価格維持 vs 産業界の要求」
という対立が激化していく。
さらに──
海外企業が日本の動きを注視し始める
欧米諸国は“日本の独占”に懸念を表明
アジア各国は自国企業への供給を求めてくる
情報機関は篠崎蓮の技術を狙う
事態は、日本一国では収まらない次元へと進む。
◆
プラチナ供給だの、産業界からの圧力だの……
ここ数週間はずっとバタバタしていて、まともに休めていなかった。
そんな中、少しだけ時間が空いた土曜の昼下がり。
「ねえ、蓮。今日は絶対、どこにも行かないからね」
明里はキッチンから顔を出し、少し不機嫌そうに宣言した。
「え、いや……別に出かけようとは……」
「違うの。そうじゃなくて、“仕事で呼び出されないで”って意味」
「……それは、俺にはどうしようもない気が……」
明里は腕を組みながら近づき、
ぎゅっと蓮のシャツをつまんだ。
「ダメ。今日はデートするの。
ほら、プラチナの価格会議とか大学の説得とか……
ずっと我慢してたんだから。ね?」
そう言われると弱い。
蓮は完全に押し負けて、苦笑しながら頷く。
「……はいはい。今日は二人だけの時間で」
「よろしいっ!」
◆
二人は近場のショッピングモールへ出かけた。
休日の賑やかな空気に、政治経済の重圧が少し薄らぐ。
明里はウィンドウに並ぶアクセサリーを見た瞬間、
目を輝かせて走り出した。
「見て蓮! このデザイン可愛いっ!
……でも、私たちが作ったプラチナの方が綺麗なんだよねー……」
「そこ、声大きい……!」
「大丈夫大丈夫、誰も気にしてないって。ほらほら、こっちも見て」
あきらかに気にするべき情報を口にしながら、
無邪気に蓮の腕を引っ張っていく。
◆
アクセサリー売り場の端にあった、
“素材別の比較パネル”を見た明里が、ひそひそ声で言った。
「ねえ、蓮……ここでちょっとだけ、銀の加工練習してみない?」
「いや無理だから!? ここ店内だから!!」
「小さくでいいから……ほら、手出して?」
「バレたらニュースになるだろ……!」
しかし、明里は蓮の手をそっと包み込む。
それだけで蓮の掌の奥が、ふっと温かくなる。
「……ダメ。もうちょっとだけ、蓮の“こういうの”見たかったのに」
「だからここでやったら色々終わるって……!」
むくれた明里の表情が可愛すぎて、
蓮は危うく折れそうになる。
◆
ソフトクリームを半分こしながら並んで座ると、
明里は幸せそうに目を細めた。
「ねえ蓮。こういうの、すごく幸せだよ?」
「いつもバタバタしてるからな」
「んー……だから、こうして一緒に居られると安心するの」
彼女はペアリングを指先で触りながら続ける。
「これね、蓮と繋がってるのが嬉しいの。能力とかじゃなくて……
“蓮が私のパートナー”って感じがして」
そんな真っ直ぐな目で言われてしまっては、
蓮の方が恥ずかしくなってしまう。
「……そう言われると、俺も嬉しいけど」
「ふふ。照れた?」
「照れてない」
「照れたよね?」
「照れてないって」
「照れてる顔してる」
「……明里」
「なに?」
「アイス溶けてる」
「あっ!!!」
◆
帰り道。
明里は蓮のコートの袖をつまんだまま歩いていた。
「今日はありがと。ちゃんとデートできた」
「まあ、たまにはいいよな」
「ね、また……手、繋いでもいい?」
「……別にいいけど」
そっと手を伸ばしかけた、その瞬間。
明里の手のひらがキラッと光った。
「ちょ、待っ、明里!?
銀の粉、出てる! 出てるから!!」
「えっ……あ、ほんとだ!! なんで!?
デートでテンション上がりすぎた!?」
「テンションで金属発生させるな……!!」
二人は慌てて人気のない脇道に逃げ込み、
蓮が素早く能力で粉を集めて消す。
明里は恥ずかしそうに笑った。
「……えへへ。
嬉しいと、なんか勝手に出ちゃうのかも」
「それ危険すぎるから、もう少し抑えてくれ……!」
「うん。でもね……」
明里は蓮の指先に、自分の指をそっと絡めた。
「……やっぱり、手を繋ぎたい」
蓮はため息をつきつつ、結局抗えない。
「……帰るまでの間だけな」
「やったっ!」
◆
この国の資源政策がどうとか、
産業界の圧力がどうとか、
そんなことは一旦忘れ──
蓮と明里は、手を繋いだままゆっくりと家路についた。
◆
研究室のホワイトボードには、すでに白金族の一覧が書かれていた。
白金(Pt)、パラジウム(Pd)、ロジウム(Rh)──。
蓮と明里は並んで椅子に座り、
桜庭教授は青いマーカーをカチッと鳴らしながら振り返る。
「さて。パラジウムの生成成功は……まあ、半分偶然だったわけだが」
「……教授、そこは“共鳴によって”と言ってほしいです」
「事実を言っただけだ」
明里が少しむくれる横で、蓮は苦笑する。
教授はホワイトボードの端に、
新しく“Cd”の文字を書き込んだ。
「今日はパラジウム生成の“前段階”として、
カドミウム(Cd) の話をしようと思う」
「カドミウム……ですか?」
「そうだ。
周期表で言えばパラジウムの近く、原子番号は48。
……そして──“パラジウムへと核変換できる最も軽い候補”とされている」
明里が小さく「それって……」と呟く。
「そうだ。
鉛→金の時のように、前駆元素からパラジウムへ変換する手法
が理論的にはありえる」
教授は続ける。
「ただし、化学の世界では“不可能”とされ、
物理の世界では“莫大なエネルギーが必要”とされ、
産業界では“触ってはいけない危険物”扱いの代物だ」
「危険物……?」
「ああ。カドミウムは毒性が強い。
廃電子部品や古いメッキ工場では、
規制値を超えるカドミウムが問題になったほどだ」
教授は真剣な目で蓮を見る。
「だから、扱うにしても防護設備・換気システム、
そして国への申請が必須だ。
錬成能力があるとはいえ、慎重にいくぞ」
蓮はこくりと頷く。
「……カドミウムを触れたら、パラジウムをイメージしやすくなるんですか?」
「その可能性はある。
金を直接生成するより鉛の方が扱いやすかったように、
元素として近い金属の方が“錬成の起点”になりやすいと考えられる」
「……でも、毒性がある金属を使ってまで研究するべきなんですか?」
明里の不安げな声。
教授は少しだけ口元を緩めた。
「必要ならば、だ。
蓮のパラジウム生成が安定しているなら触る必要はない。
ただ、今のままだと“明里と蓮が手を繋がないと生成できない”」
「……それは、それでいいと思うんですけど!」
即答する明里。
蓮は耳が赤くなる。
教授はため息をついた。
「君たちの青春事情はさておき……
産業界にパラジウムを安定供給するには、
個人依存の能力だけでは限界がある」
白い床に、パチンとマーカーの音が響く。
「そこでカドミウムだ。
もし“鉛→金”と同じ理屈で、
“カドミウム→パラジウム”の変換が可能なら……」
教授はゆっくりと結論を口にした。
「機械による量産が可能になる」
研究室に、しんと静寂が満ちる。
◆
明里は小さく息をつき、蓮の袖をつまむ。
「……蓮、無理はしないでね。
パラジウムが生成できたのは、あの時……私が側にいたからで」
「うん。わかってる。
でも、教授の言う可能性も……試す価値はあると思う」
「……蓮がそう言うなら」
教授は二人のやり取りを見て、
「やれやれ」と肩を落とす。
「まあとにかく、カドミウムを扱う前に安全講習だ。
それから国の許可が下りるまで通常実験は禁止。いいな?」
「はい」「わかりました」
◆
教授はホワイトボードに
“Cd → Pd?”
と大きく書き、ペンを置いた。
「蓮。
君の能力は、もう“錬金術”なんて言葉じゃ説明できない。
だが──方向性さえ誤らなければ、世界を救う力になる」
明里が蓮の手をそっと握る。
「だからこそ、慎重に進めるぞ」
教授の言葉はいつになく重かった。
◆
「……つまり、いきなりカドミウムからパラジウムは難しい。だからまず、電子配置が近くて安定な 銀(Ag)からパラジウム(Pd)への元素変換 を練習するわけだ」
桜庭教授がホワイトボードに、円と矢印だらけの図を描きながら説明していた。
まるで錬金術の魔法陣のようで、明里は思わず蓮の袖を引っ張る。
「ねえ……これ、絶対難しいやつだよね?」
「まあ、教授の図が簡単だったことって、一度もないし」
蓮は苦笑しつつも、目の前の銀インゴットに視線を落とす。
今日は、蓮の錬金能力を使い、「銀を“下地”としてパラジウムを生成できるか」の実験なのだ。
桜庭教授は腕を組み、やけに楽しそうだ。
「蓮君の“生成・集め・加工”は貴重だ。共鳴生成とは別に、単独でパラジウムを作れる可能性がある。
銀からなら、電子1個と中性子1個の調整でいける……理論上は、だがね」
「理論上って……」
蓮と明里の声が見事に重なる。
教授はにやりと笑った。
「まあ、最悪失敗しても銀がちょっと黒ずむだけだ。爆発はしない。多分」
「『多分』!?」
明里のツッコミが部屋に響く。
◆ 手を繋ぎ、共鳴していく
蓮は銀インゴットに手を置く。
明里は隣で蓮の手をそっと握った。
「少しは共鳴しやすくなるでしょ。ほら、前にパラジウム作った時みたいに」
蓮は指先が熱くなるのを感じた。
明里の体温というより――あの、金属のイメージが伝わってくる感覚だ。
明里の頭の中に浮かぶのは、小さく硬く、淡い白銀色のリング。
前回作ったペアリングだ。
(あ……これ、パラジウムのイメージだ……)
蓮は深く息を吸い、銀の構造をイメージした。
原子の中心、電子の層、中性子の数。
金属特有のきらめき。
そこへ――
明里のイメージが、ぴたりと重なった。
「行けるよ、蓮。多分……いける」
「教授みたいなこと言うなよ……」
軽いツッコミを入れつつ、蓮は能力を発動させる。
◆ 変換の瞬間
銀のインゴットが、じくじくと、色を変え始めた。
銀の冷たい光沢が、ふっと消え、代わりに――
柔らかく、吸い込むような白さ が広がっていく。
蓮が息を呑む。
「これ……パラジウムの色……」
「成功? 成功だよね!?」
桜庭教授が拡大ルーペを取りながら近寄ってきた。
「比重も、結晶構造も……おお、これは……まさしくパラジウムだ!
銀からの元素変換に成功したぞ、君たち!」
教授は興奮して机を叩き、蓮と明里は顔を見合わせて笑った。
手はまだ繋いだままだ。
明里は小声で囁いた。
「ねえ、蓮……やっぱり、手を繋ぐと成功率上がってない?」
「……かもな。次も頼むよ、明里」
「うん。いくらでも協力する」
明里はほんのり頬を赤く染める。
教授だけがひとり、興奮しながらノートを走らせていた。
「これはカドミウム→パラジウムの本格実験にも繋がる! いやあ、やってくれたね君たち!」
しかし蓮と明里は、お互いの手を放す気配がない。
その日、銀からパラジウムへの元素変換は3回成功した。
二人の共鳴は、実験を進めるたびになめらかに、強くなっていく。
そして桜庭教授は日記にこう書いた。
「蓮君と明里君の共鳴は『効率向上』以上の何かがある。
科学か、錬金術か、恋愛か――これは非常に興味深い」
(※最後の一行は完全に余計である)
◆
研究室の空気が、いつになく静かだった。外から聞こえるのは深夜のキャンパスの風と、時折鳴る遠い自動車の音だけ。
ホワイトボードには『Cd → Pd ?(危険)』と赤字で書かれたままだったが、今はその横に新しい文字が加えられている。
「……Cdはリスクが大きすぎる。毒性の観点で、実験室だけじゃなく周辺環境への配慮が必要だ」
桜庭教授がコーヒーを一口飲み、眼鏡越しに蓮と明里を見た。
「それで、代替案を提示したい。材料的にも安全で、かつ電子的に“扱いやすい候補”――スズ(Sn)だ」
「スズ……ですか?」
明里の声には、驚きと不安が混ざる。
「うん。スズは入手性がよく、工業的にも扱いが多い。毒性の懸念はカドミウムに比べて大幅に小さい。
それに、スズの電子外殻とパラジウムのそれには“中間的な結合モード”が想定できる。つまり、我々の“共鳴生成”のトライアルとしては丁度いい」
「要するに、安全と再現性を優先するってことだね」
蓮はホッとしたように肩を落とす。
「そうだ。君の身体的負荷も考慮に入れなければいけない。危険性の高い元素で何度も試すのは好ましくない。
それに――世間の目もある。大学としても、国としても、できるだけ被害の少ない素材で最初の量産的検証を進めた方が収拾がつきやすい」
教授はボードに『Sn → Pd: 安全重視ルート』と青で書き込み、三つのポイントを示した。
入手性と廃棄処理の負担が少ない
毒性・環境リスクが小さいため許認可が得やすい
錬成に必要な“電子イメージの補正”が理論的に容易(我々の共鳴条件に合致)
「これで、まずは銀→パラジウムで確立した“イメージ共鳴”の手順を、より現実的に再現できるはずだよ」
明里はメモを取りながら、ふと蓮の方を見た。
「蓮、無理はしないよね? スズだからって安心しすぎないで。実験は実験だよ」
「分かってる。明里がいるから大丈夫だよ」
手を握る仕草が、いつものように二人の共鳴の準備を整える。
◆
桜庭教授は机の上に模型を並べ、簡潔に説明する。
「銀やカドミウムのルートは“直接的な軌道調整”を経てパラジウムへ近づくイメージだ。だがカドミウムは毒性と副作用が大きい。
一方スズは、合金化・中間酸化状態を経由しやすく、我々の“生成→集め→加工”の三段階が組みやすい。
つまり、スズを“前駆体”として微調整し、パラジウムの電子配置を模倣するイメージを流し込む。成功すれば、低負荷で変換効率を上げられる可能性がある」
専門用語はさらりと流しているが、要点は明快だ。
「重要なのは“直接的核変換”を狙うのではなく、化学的・結晶学的に近い状態を作り、そこから共鳴で目標の性質を引き出すこと。そうすれば危険性を低く抑えられる」
蓮は指先で、机の上のスズ片を触った。ひんやりとした金属の感触――それが、やがて奇跡を生むかもしれない。
◆
「ただし、油断は禁物だ」
教授の表情は真剣そのものだ。
「スズは毒性が低いとはいえ、化学変換プロセスに未知の副生成物が出る可能性はある。だから手順は厳格にする。具体的には——」
密閉型の反応槽で実験(局所排気と多段ろ過)
生体モニタリングの継続(蓮の体調を常時監視)
試料はすべてラボ外での非接触廃棄へ(外部処理業者と契約)
国家への安全報告書提出と承認取得の徹底
「大学と政府、双方のガイドラインを徹底的に守る。これが今回の前提だ」
蓮は頷く。明里は小さく息を吐いた。
「分かった。全部、やろう。安全第一で」
◆
準備が整い、二人は小さな反応槽を前に手を繋いだ。スズ片の上に、二人の“イメージ”をゆっくりと流し込む。
白い光が掌の隙間でちらつき、金属の表面がわずかに輝きを変えた。
「反応、安定してる」
技術員の声がモニターから届く。
反応槽の中で、小さな銀白色の結晶が現れた。質量は微少だが、解析装置の初期結果は示している。
「局所的にパラジウム様の結晶構造が観測されました。まだ“完全なPd”ではないが、明確な前駆体反応が確認できています」
教授が目を細める。
「いいぞ。ここから、条件を練って“完全なPd”へ近づける。だが無理はしない。ペースは我々が決める」
二人は互いに視線を交わし、静かな笑みを交わした。
◆
「スズにして良かったね」
明里の声は安堵に満ちていた。
「うん。これなら、少しずつ進められる」
蓮は明里の手を強く握る。
桜庭教授はホワイトボードに、淡い文字でこう書いた。
“安全の上に築かれる進歩は、最も確かな進歩である”
夜の研究室に、穏やかな決意の光がともった。