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第24話 白金機関

作者:急急如律令


2025/12/01 15:00 公開

白金機関プラチナ・エンジン起動

 変換装置の中央に、銀色の指輪がはめ込まれていた。
 明里と二人で徹夜して作り上げた、機械用プラチナペアリング。
 それが今、研究室の真ん中で、静かに光を放っている。

「本当に……これで動くんですか?」

 蓮が尋ねると、桜庭教授は白衣の袖を軽くまくり、
 まるで子どもが実験キットを前にしたときのような目をしてうなずいた。

「動くとも。蓮くんの能力は“触れたものに能力が流れ込む”。
 この装置は、ただそれを受け取って動いているだけだからね」

「受け取るって言っても……機械ですよ?」

「人間か機械かなんて、君の能力は気にしないらしいじゃないか」

 教授は楽しげに笑い、装置横のスイッチに手を伸ばした。

 ――カチリ。

 低い振動が床に伝わり、変換炉の内部に青い光が走った。
 装填された鉛のインゴットが、ゆっくりと分解されていく。

「……っ、来る」

 蓮は思わず息を飲んだ。
 装置の内部で、銀色の粒子が集まり、ひとつの結晶へと組み上がっていく。
 まるで金属が“生まれる”瞬間を見ているかのようだった。

「成功だ……っ! 本当に、できた……!」

 桜庭教授が声を震わせた。
 明里が隣で小さく跳ねる。

「すごい! 本当にプラチナができてる……!」

 炉の窓越しに、淡い青みを帯びた輝き。
 天然鉱石より純度が高い、人工白金――
 蓮自身の能力で生まれた奇跡。

「……僕の力、こんなことまでできるんだ」

 驚きと、ほんの少しの怖さ。
 胸の奥がざわつき、蓮は拳を握った。

 そのとき、そっと手が触れた。

「蓮、顔が暗いよ?」

「……明里」

「大丈夫だよ。蓮の力は、誰かを困らせるためじゃなくて……
 きっと、誰かを助けるためにあるんだよ」

 温かい声。
 手のひらのぬくもり。
 そのすべてが不安を溶かしてくれる。

「……ありがとう。明里が言ってくれると、安心する」

「ふふっ。任せてよ。蓮の専属サポーターだから」

 頬を染めながら笑う彼女に、蓮は小さく笑い返す。
 その間も、変換炉は静かにプラチナを生み出し続けていた。

 ――これが世界を変える技術になるのかもしれない。



 装置の成功は、たちまち大学中に広まった。

「白金族の人工生産だって!?」「まさか本物か……?」
「反応炉を見せてくれ!」
「いや、まず論文だ、論文を先に――!」

 各研究室の教授、研究員、産業応用の専門家まで押し寄せ、
 研究棟は一日にして市場のような騒がしさとなった。

 数時間後には政府から正式な打診が届く。

『白金族供給不安の解消に向け、装置の量産化計画を立案してほしい』

「来たか……」
 桜庭教授が眉を撫でる。

 世界的な紛争で白金族の供給は乱れ、価格は急騰。
 産業界からも大学へ悲鳴のような問い合わせが来ていた。

「蓮くん。これはもう、君の力だけの問題じゃなくなる。
 ここからは国家規模の……いや、世界規模の話だ」

「……やります」

 蓮は迷わず答えた。
 不安はある。怖さもある。
 けれど――明里が隣にいる。

「私もやるよ、蓮。機械用リングの改良も、装置のデザインも全部手伝うから!」

 強い眼差し。
 その言葉に、蓮の決意は固まった。



 こうして、大学地下ラボで
 “白金機関プラチナ・エンジン”のプロジェクトが始動する。

 二号機、三号機と装置は改良され、
 蓮が一つずつ“認証”することで自律稼働が可能になっていった。

 地下施設には青白い光を灯す変換炉がずらりと並び、
 ゆっくりと鉛を“宝”へと変換し続ける。

 新しい世界が、静かに動き始めた。

 しかしその裏で――
 反対派教授、政府の監視、海外研究機関の動き……
 新たな火種も確実に育っていた。

 それでも蓮は前に進む。

 明里と共に作ったリングが、
 誰かの未来を照らすと信じて。

◆納品折衝会議 ― 学内本部・特別会議室

 大学本部の最上階にある特別会議室は、いつもより重い空気に満ちていた。

 テーブルの片側には学長、副学長、財務担当理事、研究推進部。
 反対派教授も数名、腕を組んで座っている。

 その向かいに桜庭教授、篠崎蓮、桐原明里。
 そして中央には、政府から派遣された経産省の技術政策官が座っていた。

 彼の鞄の横から、厚い書類が覗いている。

「……では、まず確認します」
 政策官が資料をめくりながら言った。

「今回、大学から政府への“プラチナ変換装置”の納品についてですが……
 生産量は月あたりどの程度、見込めますか?」

 蓮は息を飲む。
 桜庭教授が静かにうなずき、彼を見る。

 ――答えるのは君だ、という合図。

「……現在稼働している量産一号機は、一日に換算すると……
 鉛インゴット二十キロから、純度99.99のプラチナを約五百グラム生成可能です」

 会議室にざわめきが走った。

「五百……!?」「それは商業プラント並では……?」

 反対派教授が身を乗り出す。

「そんな数字、信じられるか! 数値の証拠はあるのかね?」

 蓮が口を開くより先に、明里が淡々と返した。

「生成データは全てログとして保存してあります。
 炉の温度変化、光学測定、質量分析結果……必要でしたら提出しますけど?」

 その落ち着いた口調に、逆に教授がたじろぐ。

 次いで、政策官が質問を重ねた。

「では――政府としては、まず緊急分の五キロを納品していただきたい。
 それに加えて、装置そのものを二基、試験的に導入したいのですが」

 蓮は一瞬、桜庭教授と目を合わせた。
 教授は腕を組んだまま、ゆっくり頷く。

「……ただし条件があります」

 政策官が顔を上げる。

「条件?」

「我々の技術が外部に漏洩しないよう、装置ごとに私の研究室が“認証”を行います。
 認証されなければ稼働しない仕組みだ。これは譲れない」

 政策官は眉をひそめた。

「つまり、政府側で勝手に解析や分解をしてはならない、という意味でしょうか?」

「そういうことだね」

 桜庭教授は一切引かない声で答える。

「この技術は、人一人の特殊能力に依存している。
 その特異性ゆえに、不用意に扱えば――最悪、装置が暴走する」

 反対派教授が皮肉気に笑った。

「暴走とは、脅しのつもりかね?」

「実際にあり得る話だ」
 桜庭教授の声は静かだが、空気が震えた。

「この装置が扱うのは、エネルギー的に極めて不安定な“元素変換”。
 蓮くんの能力がなければ、本来制御不可能な工程だ」

 政策官が資料を閉じ、深く息をついた。

「……わかりました。つまり、装置の運用は必ず大学と共同で行う。
 メンテナンスもあなた方が行う。
 それが納品の条件ということで?」

「はい」
 蓮と教授が同時に答えた。

 政策官は少し沈黙したのち、にこりと笑った。

「では、その条件で内閣に報告します。
 政府としては一刻も早い供給体制の構築を望んでいますので」



 会議が終わり、廊下に出る。

 明里が肩をすくめた。

「みんな、すっごい圧だったね……」

「うん……めちゃくちゃ緊張した」

「でも蓮、ちゃんと答えてたよ。立派だった」

 褒められて、蓮の耳が赤くなる。

 桜庭教授が、手をポンと叩いた。

「よし。これで大学・政府双方の“公式ルート”ができた。
 ここからが本番だよ、二人とも」

「……本番?」

「量産だよ。
 納品スケジュールに間に合わせるためには、君たちの力がまだまだ必要だ」

 教授の目は鋭く、しかしどこか嬉しそうだった。

 蓮と明里は互いに目を合わせ、静かに頷く。

 ――こうして、政府・大学との正式な折衝を乗り越え、
 “白金機関プラチナ・エンジン”は国家プロジェクトへと歩み始めたのだった。



 翌週。
 大学本部棟の最上階、特別会議室。重厚な木製扉の前で、俺と明里、それに鳥居准教授が立ち止まる。

「緊張してきた……蓮、ほんとに行くのこれ?」
 明里が俺の袖をそっとつまむ。

「俺の能力が材料になってる以上、行かないわけにはいかないだろ。政府の本契約だぞ?」

「いやー、君らは大物だねぇ。帰国早々、国家案件に立ち会わされるとは思わなかったよ」
 鳥居准教授はいつもの気楽な調子だ。
 ただ、アメリカ帰り特有のパーソナルスペースのなさで、軽く背中をぽんと叩いてくるので、俺は少しびくついた。

「行こう。先方はもう待ってる」

 扉が開くと、スーツ姿の官僚たちがずらりと並んでいた。
 中央には経済産業省の金属資源政策担当の局長が座っている。

「篠崎蓮さん、桐原明里さん、お二人の“能力”による白金族生成技術……正式に国家プロジェクトとして採用したいと考えています」

 静かな声だったが、言葉の重さは桁違いだった。
 椅子に座ると同時に、説明資料が渡される。そこには「白金族安定供給プロジェクト」「鉛→プラチナ変換ライン量産化」と太字で書かれていた。

「改めて確認したい。あなたの能力による元素変換は、機械によって運用可能だと判断してよいのですね?」

 局長の視線が俺だけに突き刺さる。

「はい。ただし……ペアリングが必要です。僕が作った“プラチナのペアリング”を装着した機械なら、鉛をプラチナに変換できます」

「しかも、変換効率は通常の金属生成より二桁上。……まさに国家レベルだな」
 隣で鳥居准教授が小声でつぶやいた。

「蓮、この条件って……国家予算レベルで動いてるよね」
 明里も資料を見て青ざめている。

 局長は頷き、さらに言葉を続けた。

「対価として、大学には年間予算の増額と独立研究棟の設立を。お二人には研究員としての特別身分を付与することも可能です。ただし——」

 そこで一拍。

「生成技術の軍事転用は禁止。ただしモニタリング義務を負っていただきます」

「軍事……!」
 明里が息を呑む。

「いや、その辺は当然だろ」
 俺は資料を静かに閉じた。

 世界で白金族の供給が不安定になり、価格が高騰し、産業界も悲鳴を上げている。
 俺たちの能力がそれを救うのなら、責任はつきまとう。

「ただ、一つだけ」
 俺は姿勢を正した。
「僕の能力は“人間の意図”に左右されます。悪用しようとする存在がいたら、生成効率は落ちます。だから……この技術は、平和利用に限ると契約書に明記してください」

 官僚たちがざわめき、局長は逆に感心したように口元を緩める。

「よろしい。条件に追加しましょう。では——署名を」

 契約書が俺と明里の前に置かれる。
 俺たちは互いに頷き合い、ペンを取った。

 サインをした瞬間——
 まるで空気が変わった気がした。

「これで、正式に国家プロジェクトの中心だね」
 鳥居准教授が微笑む。

「責任……すごいな……蓮、これからどうする?」
「どうするも何も。やるしかないだろ。ここで逃げたら、誰かが困る」

 明里は一度目を伏せ、そして笑った。

「……うん。じゃあ私もやるよ。ペアリング、ちゃんと管理するから」

 こうして——
 俺たちの能力は国家に正式に認められ、
 大学と政府は共同で、白金族の未来を守るための一大プロジェクトを動かし始めた。



 政府との契約から一ヶ月後。
 プラチナ変換ラインは稼働を始め、最初の数キロのプラチナが産業界へ流通した。

 その日——
 大学の研究棟で、俺たちはニュース映像を見ていた。

「速報です。日本国内のプラチナ流通量が前年比で一気に増加しました。供給不安が大幅に解消され、自動車触媒メーカーや半導体関連企業が声明を発表しています」

 画面には、スーツ姿の経営者が次々と登場する。

『これで来期の生産計画を見直せる。ようやく希望が持てる』
『白金族の確保が安定すれば、世界市場での競争力が跳ね上がる』
『数年間止まっていた新規ラインの立ち上げを再開します』

「なんか……すごいことになってるね」
 明里が目を丸くする。

「いや、想像以上だな。ここまで影響あるとは」
 俺は思わず呟く。

「当然さ。プラチナは化学、医療、触媒、半導体……どこも喉から手が出るほど欲しがってる。それが安定供給されたら、産業界は狂喜乱舞だよ」
 鳥居准教授は腕を組んで頷いた。

「ただし、だ」
 鳥居准教授は真剣な顔で続けた。
「急激な供給増は価格も動かす。メーカーは歓迎しても、投機筋は混乱する。しばらくは市場が揺れるだろうな」

 ちょうどそのタイミングで、別のニュースが流れる。

『ロンドン白金市場で価格が下落。供給増が要因との見方』
『海外メディア「日本が白金供給を左右する新時代」』
『某国の研究機関が“日本の技術動向を注視”と発表』

「海外まで騒いでるの!?」
 明里の声が裏返る。

「そりゃそうだろ。今まで白金族は供給地の政治不安に左右されてた。それが日本で安定的に生産され始めたんだ。世界が放っておくはずない」

 准教授の言葉は淡々としていたが、重い意味を含んでいた。

「蓮、このニュース……あなたの能力が世界レベルの経済に影響してるってことだよ」
 明里がそっと俺の袖をつかむ。

「……怖くないと言えば嘘だけど」
 俺は深呼吸をした。
「でも、これで困っている企業が救われるなら、悪い話じゃない」

 すると、准教授がぽんと俺の肩を叩いた。

「その考え方、嫌いじゃないよ。……ただ、覚悟はしておきな。利益のために近づいてくる企業も、国も、研究者も増える」

「うっ……プレッシャー半端ない……」
 俺は頭を抱えた。

 そのとき——
 研究棟の電話が鳴った。

「はい、篠崎研究室……えっ、産業連盟合同の緊急会議? 本日? 蓮と明里の出席が必須?……わかりました、伺います」

 明里が電話を切り、振り返る。

「蓮……どうやら産業界が“直接”お礼と要望を伝えに来るみたい」

「ちょ、ちょっと待って!俺、そんな大層な立場じゃ——」

「いや、もう立場以上に“影響”があるからね」
 鳥居准教授は笑いながら言う。
「覚悟して行こう。産業界は、君たちにとんでもない期待をしてるぞ」

 こうして——
 プラチナ供給開始の波紋は、日本の産業界全体を揺らし、
 俺たちはその中心へと引きずり込まれていくのだった。