2025/11/29 15:00 公開
◆賛成派研究室からの依頼
白金、パラジウムの成功が学内で噂になるころ、材料科学研究棟に新たな客が押し寄せた。
「す、すみません! 篠崎くん! ロジウム、作れませんか!?」
ドアを開け放つ勢いで入ってきたのは、金属触媒研究で有名な 鳥居 凌(とりい りょう)准教授。アメリカの先端研究機関で数年働き、つい最近戻ってきたばかりの人物だ。
桜庭教授が目を細める。
「彼らの研究はロジウム触媒に依存しているからな。最近の国際事情で入手が難しくなっている以上……来ると思っていたよ」
鳥居准教授は篠崎にずいっと近寄る。
「お願いだ。数百ミリグラムでも、いや数十でもいい。試料さえあれば研究ラインが再開できるんだ!」
明里が篠崎の横に回り込み、鳥居の接近をさりげなく遮る。
「ロジウムは白金族の中でも特に難しいんです。まずは指輪の制作から……」
その日の夕方。二人は加工室でロジウム生成に挑戦していた。
「ロジウム……ロジウム……」
篠崎が集中し、白金の指輪を媒体に錬成しようとする。
だが、掌の上に現れたのは――
「……銀色の、指輪……?」
「表面だけ妙に白い……これ、ロジウム“メッキ”じゃない?」
明里がルーペで覗いて苦笑した。
「ベースはほぼプラチナ……。ロジウム、やっぱりイメージが固まらないんだね」
篠崎は肩を落とす。
「うう……またプラチナか……」
明里は慰めるように微笑み、篠崎の手にそっと触れた。
「大丈夫。何度も一緒にやってきたでしょ。ロジウムは白金族の中でも特別なんだよ。触媒としての姿、宝飾としての姿……イメージをもっと共有しなきゃ」
その“手をつなぎながらのイメージ共有”こそ、二人にとって重要な儀式だった。
だが――。
◆
翌日、試料提供のため鳥居准教授が再び研究室を訪れた。
「ロジウムは、イメージの精度が必要なんです。本物のロジウム試料を見せてもらえませんか?」篠崎がそう言うと、鳥居は懐から小瓶を取り出す。
だが問題はその後だった。
「イメージ共有って……手をつなぐんだよね?じゃあ僕とも共有したほうが早いでしょ!」
そして、アメリカ帰りの“フレンドリーという名の距離感ゼロ文化”が炸裂した。
「ほら、レンくん! ハンドシェイク!」
「えっ、いや、あの、そ、それは……っ」
鳥居は当然のように篠崎の手を握りしめ、握手どころか軽く上下に振り始める。
明里(……ちょっと待って。距離近くない? なんでそんな自然に触ってるの!?)
心の声が漏れそうだった。
「は、はいっ……ロ、ロジウムの……イメージ……!」
篠崎は顔を真っ赤にしながら、必死に意識を集中させる。
手を握る鳥居准教授は真剣に語る。
「ロジウムはね、金属光沢が強くて硬くて、融点が高くて……! パラジウムとは違うよ、もっと白い、もっと硬質なんだ!」
明里(なんであなたが蓮の手を握って説明してるのよ……!)
部屋全体の空気がカオスに包まれる。
篠崎が深呼吸し、意識を一点に集中すると――掌の上に、ころん、と小さな塊が落ちた。
鳥居「これは……まさか……!」
明里「……ロジウムだ。純度は知らないけど、色と質感は間違いない……!」
鳥居は子どもみたいに喜んだ。
「うおおおおおっ! これで研究が再開できる! ありがとう篠崎くん! ありがとう皆さん!」
そしてテンション高く篠崎の手を両手で握った。
「いや、あの、握手はもうっ……!」
「レンくんはすごいね! いや本当に!」
明里(……次からは私が蓮の隣から離れない。絶対に)
明里は内心で決意した。
◆
材料科学棟に結果が伝わると、賛成派の研究者たちは一斉に沸き立った。
「ロジウムまで作れたぞ!」
「これで触媒実験ができる!」
「篠崎くん、明里ちゃん、ありがとう!」
一方、反対派は青ざめながらこう呟いた。
「……白金、パラジウム、そしてロジウム……? これは……まさか本格的に“供給源”として利用され始めるのでは……」
学内はまたも騒然となる。
だが篠崎と明里は、そっと拳を合わせながら笑い合っていた。
「……できたね、ロジウム」
「うん。明里のおかげだよ」
明里は少し照れながら言った。
「じゃあ次は……最初から“二人で”作ろうね。 他の人と手をつなぐのは、だめだから」
篠崎は慌ててうなずく。
「は、はい……!」
小さな嫉妬と、大きな成果と、大学の新たな混乱。ロジウム騒動は、次の展開へとつながっていく。
◆
薄暗い実験室に、計測装置のモニターが静かに光っている。桐原明里と主人公は、防護手袋を外し、計測台の前に並んで立つ。
「心拍と皮膚電位、脳波、全部リアルタイムで取りますね。……緊張してません? 蓮くん 手、少し冷たいですよ」
「そ、そんなことは……」
明里は微笑んで、主人公の手に自分の手を重ねた。
パチ、と軽い静電気のような感触。同時に、複数のセンサーが反応音を立てる。
計測モニターに波形が走り、「生体共鳴指数:上昇」のアラートが点灯する。
「共鳴値、通常の人間同士の接触の……12倍!? なんだこの数値は……」
「来ます。前回と同じ条件です」
装置内部に置かれた“ロジウム生成反応槽”のセンサーが微弱な光を検出した。
ビッ……!
二人の掌の間に一瞬だけ、極小の光子が走る。肉眼ではちらりと青白い火花のように見える。
「光子反応確認! 出力0.003ルーメン! 生成槽、温度上昇っ!」
「蓮くん、手を離さないで……! まだデータが安定していません!」
「は、はい!」
二人の握る手の間から、微弱だが確かに“金属の匂い”のようなものが流れた。
● ロジウムの誕生
数十秒後、反応槽の中で“銀白色の粒”が形成される。
「生成量……0.12mg! 本当に……ロジウムが生成されてる……!」
「機械計測でも……証明できたんですね」
明里は小さく息を吐いた。その表情は、研究者としての興奮と、安堵と、そして少しの照れが混ざっていた。
「これで……量産化の基礎データが取れます。……でも、やっぱりちょっと恥ずかしいですね。手をつなぎながら反応を見るなんて」
「ぼ、僕もです……」
「ふふ、顔赤いですよ?」
「明里も……」
二人の会話をよそに、
研究員たちは反応データを食い入るように確認している。
● 科学的成果と、二人の距離
モニターには次々と解析結果が表示される。
心拍同期率:92%
生体電位共鳴:基準値の数十倍
微細光子放出:ロジウム生成に連動
生成エネルギー効率:理論値を大幅に超過
「人間同士の接触が引き金になっているのは間違いありません。しかも……あなたとじゃないと再現できない。この共鳴パターンは唯一なんです」
「明里、つまり……僕たちが“ペア”ってことですか?」
「……はい。科学的に証明されました」
その瞬間、反対派にも政府にも渡すことになる“決定的な証拠データ”が揃った。
そして、二人の関係もまた、ほんの少しだけ変わっていく。白い実験室。窓から差し込む冬の日差しが、篠崎蓮の掌の上で淡い銀色の粒子となって揺らめいていた。
「……蓮、すごい。ほんとに“粘土みたい”になってる」
「明里が仕上げるって言うから、形にしておいたほうがやりやすいだろ? ほら、触ってみて。柔らかいから」
明里は恐る恐る指で触れる。ひんやり冷たいのに、しっとりと練った金属粘土みたいに指に吸い付く。
「これが……パラジウム……。何度触っても信じられないよ。人が生成していい金属じゃないでしょ、これ」
「言うなよ。オレだって未だに変な気分なんだから」
蓮は顔をそらしながらも、どこか誇らしげだ。
「で、ペアリングってさ。サイズ……その、ちゃんと測らないと」
「蓮、そんなに緊張しなくても。指輪のサイズくらい普通だよ?」
「いや、だって……ペアリングなんだぞ? こういうの、普通もっと……特別なムードで……」
蓮があたふたしている横で、明里はくすっと笑った。
「特別だよ。十分すぎるくらい。ほら、指貸して」
明里は蓮の右手をそっと取る。 触れた瞬間、金属粘土のパラジウムがふわりと震え、粒子が舞い上がる。
「わっ……明里、いま、増えた」
「増えたって……まさか、手をつないだだけで?」
「たぶん、その……親密度? いや、距離? そういうので反応が強くなるんだろうな」
「そういう科学的に曖昧な言い方やめてよ。恥ずかしいから」
明里の頬がほんのり赤く染まる。蓮の方はもっと赤い。
「ほら、動かないで。今から形作るから」
「オレの手握ったままやるのか?」
「当たり前。離したら生成量が減るんでしょ?」
「そりゃ……そうだけど……こんな距離、近すぎるだろ……」
「文句言わない。ペアリングなんだから、ちゃんと協力して」
明里は蓮の手を握りながら、もう片方の手でパラジウム粘土を練り、丁寧にリングへと整えていく。
「……なあ、明里。こういうの、ちょっと……楽しいな」
「うん。私も。蓮と一緒に作るのって、なんか……すごくいい」
蓮の手の中で、淡い銀色のリングが美しく輝きを増していく。二人の距離は、測定器の針が振り切れるほど近かった。