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第30話 ライセンス生産

作者:急急如律令


2025/12/07 15:00 公開

 プラチナ・パラジウム・ロジウムの量産ラインが安定稼働を始めてから数週間。
 その生産量はもはや国家の戦略資源レベルに達し、産業界も政府も本格的に動かざるを得なくなっていた。

 そして、それに伴って——
 篠崎蓮を巡る“奪い合い”が始まった。



「……で、蓮くん。今回のプラチナ量産だけで、年間○トンの供給が可能になりそうだ。
 その規模に対するロイヤリティー率を見直すべきだと政府側から提案が来ている。」

 桜庭教授が言うと、隣で資料をめくっていた明里がすかさず口を挟んだ。

「教授、それ“政府側から”って言ってますけど、企業側はどんな反応なんです?」

「それがだな……」

 教授はため息をつき、別の資料を机にばさっと置いた。

「企業は企業で、蓮くんに直接“条件提示”してきていてな。
 『独自契約を結べばロイヤリティー率を上げる』『年俸×××円で技術責任者になってくれ』などなど……」

「えっ……俺、そんな話ぜんぜん聞いて——」

「届いてる。”大学宛て”にな。」

 桜庭教授の苦笑いに、蓮は肩を落とした。

(企業が僕を引き抜こうとしてる……?)

 その横で、明里が腕を組んで眉を寄せた。

「……教授。それってつまり、企業が蓮を狙ってるってことですよね?」

「ま、平たく言えばそうなる。」

 明里は即座に蓮の腕を掴んだ。

「蓮は渡さないから。」

「物みたいに言うなよ……!」



 その日の午後、大学の来客ブース。

「篠崎さん、もし弊社と直接契約していただけるのなら——
 ロイヤリティー単価×1.5倍、さらに特別賞与をお約束します。」

「うちなら年収3,000万円からスタート! 共同研究施設も自由に使っていただいて……!」

「我々は、特許管理も全部代行します!」

「いや、その……僕、大学に……」

 蓮が押されて困り果てる中、明里が横からぬっと現れた。

「その話、全部お断りします。」

 笑顔。
 だが目は一切笑っていない。

「蓮は大学で研究中なんです。あなた方の都合で引き抜かれるつもりはありません。」

 企業側が気圧されて静まる。

(明里が本気で怒ると、こうなるんだな……)



 翌日。
 急ぎの政府会議に呼ばれた蓮と明里。

「企業の引き抜き工作は把握している。」
「そこで、政府としてもロイヤリティー率を再交渉したい。」
「篠崎君の技術は国家戦略上不可欠だ。」

 次々と官僚が口を開く。

「プラチナについては、供給量に応じてロイヤリティー単価を現行の2倍に引き上げる。」

「パラジウムとロジウムについても、将来的には同等以上を保証する方針だ。」

 蓮は思わず明里を見る。

「……これ、すごすぎない?」

「すごいよ。企業が蓮を手放すわけないって判断した結果だね。」

「それ、ちょっと嬉しくないか?」

「嬉しくない。」

「即答!?」

 官僚たちが微妙な笑いを漏らした。

「さらに付け加えるとだな——」
「企業が君を引き抜かないよう、研究予算も大幅増額する予定だ。」

「大学の設備投資も、国が優先して支援する。」

「……あの、僕のロイヤリティー、どこまで上がるんですか?」

「まだ上がる可能性がある。」

「えぇ……」



 企業が条件を上乗せする。
 政府が対抗する。
 研究予算も増える。
 大学も優遇措置をつける。
 そのたびに、蓮のロイヤリティー単価はじわじわ、じわじわ——

 気づけば、当初の4倍近くになっていた。

「蓮、すごいよ。私の年収、もう完全に抜かれてる。」

「それ言うなら、明里もロイヤリティー受け取り側だろ……」

「私はいいの。蓮がちゃんと守られてくれれば。」

「……ありがとう。」

 照れる蓮を見て、明里はほんのり笑った。



 後日、桜庭教授は研究室でぼそっと呟いた。

「……ロイヤリティー、上がりすぎじゃろ……
 いや嬉しいが……いやでも……大学の規模、もう国レベルじゃないか……?」

 篠崎蓮を巡って企業と政府が綱引きをした結果、
大学も研究者も国家も、誰もが“引き返せない領域”へと入り始めていた。


 ロジウム量産ラインが稼働してから数週間。
 しかし、ひとつ大きな問題が浮き彫りになっていた。

 ——ロジウムの生産コストが高すぎる。

「銀を経由する二段階変換だから、当然と言えば当然か……」

 大学の会議室で蓮が資料を指で叩くと、桜庭教授が腕を組んでうなった。

「錫→銀の変換は比較的安い。しかし銀→ロジウムが重い。
 変換の成功率も低いし、生成量も安定しない。」

「はい、データを見ると明らかに歩留まりが悪いですね。」
 明里がモニターに生産曲線を映す。

「そこでだ——」
教授はホワイトボードに大きく書いた。

― 錫から直接ロジウムへ ―

「目標はこれだ。
 錫→ロジウムの直接変換を安定させれば、コストは劇的に下がる。」

「……でも教授、ロジウムのイメージって金属の中でも特に難しい部類ですよ。」
 篠崎蓮が眉を寄せながら言う。

「だからこそだ。練習段階として銀→ロジウムを確立した今、
 次は“錫からの直接ルート”を開拓する。」

「なるほど……ステップアップ方式ですね。」



 研究室の実験スペース。
 蓮は錫のインゴットを手のひらに乗せ、深呼吸した。

「……ロジウム、ロジウム……」

「蓮、ちょっと眉間にシワ寄ってるよ。」
明里がくすっと笑いながら横で見守る。

「集中してるとどうしても……」

「はい、イメージ資料。ロジウムの結晶構造、色、表面反射、全部まとめてあるから。」
明里が手作りの資料を差し出す。

「明里、これ手書き……?」

「蓮用に決まってるでしょ。がんばって。」

 蓮は照れながら資料を受け取った。

(……僕のために、ここまでしてくれるのか)

「よし、やる。」



「生成……!」

 パチッ。

 錫の表面から銀色の粒が少しだけ散った。

「……銀だ。」

「うん、やっぱり錫→銀のルートに引っ張られてるね。」
 明里がメモを取りながら言う。

「ロジウムの映像がまだ弱いんだよ。」
 後ろから鳥居 凌が口を挟む。

「ロジウムは硬くて、反応性が低い。イメージに“重さ”を持たせろ。」
「それから、銀のイメージが強すぎる。頭の中でルートを切り替える感じで——」

「アメリカ帰りのくせに、抽象的だな……」
蓮が苦笑すると、鳥居は肩をすくめた。

「イメージの共有ができる君だからこそ言えるアドバイスなんだけど?」



 さらに数日後。

「蓮、その調子……もう少し……!」

「生成……!」

 ぱん、と空気が弾けるような音。

 蓮の掌に、銀ではなく、黒味がかった白金族特有の光沢を持った粒が数個転がる。

「っ……ロジウムだ……!」

「ほんとに生成された……!」
明里が目を見開く。

「蓮、やればできるじゃないか。」
鳥居が興奮して身を乗り出す。

 桜庭教授は顎に手を当て、じっと粒を見つめた。

「……錫から直接、ロジウム……
 成功率は低いが、可能性は十分ある。」



 会議室。
 教授がスライドを映す。

「一次試験の結果を整理した。
 錫→ロジウムは銀→ロジウムよりも、生成効率が“上がる可能性”がある。」

「上がる……可能性?」
蓮が疑問を口にする。

「うむ。錫→銀より、銀→ロジウムのほうが難易度が高い。
 つまり“銀でつまずいている”だけで、ルートとしては錫→ロジウムのほうがシンプルなのだ。」

「確かに……銀を強くイメージするとルートが分断されるんですよね。」
明里も頷く。

「だが問題は、ロジウムのイメージが弱い点だ。」

 教授は蓮を見据えた。

「蓮くん、ロジウムのイメージを“強制的に”補強する方法がある。」

「……まさか……」

「そうだ。——共鳴生成だ。」



 別の実験室。

「……準備はいい?」
鳥居が蓮の手を取り、軽く微笑む。

「いや近い近い! ほんと近いから!」
蓮が慌てて距離を取る。

「共鳴生成は距離が大事なんだよ? アメリカでは普通だったけど?」

「アメリカどんな国だよ……!」

 横で明里がじとっとした目をしている。

「蓮、変な色気ふりまかれたら怒るからね。」

「いや僕じゃなくて鳥居さんが……!」

 鳥居は蓮の手を握ったまま言った。

「ロジウムの結晶構造イメージ、一気に流すよ。
 耐えてね?」

「耐えるって何!?」

 次の瞬間——

 蓮の頭の中に、銀白色の硬質な輝き、結晶格子、融点、電気抵抗……
 ロジウムの情報が“奔流”のように流れ込んだ。

「うああああああああッ!?」

「蓮っ!? 大丈夫!?」
明里が慌てて支える。

 鳥居は冷静にデータを見つめた。

「……よし、イメージ強度が上がった。
 これなら——」



 翌日。
 蓮は錫インゴットを握りしめ、深く呼吸する。

「いく……!」

 生成。

 光。

 掌の上に、昨日の数倍のロジウム粒。

「……できた……!」

「ほんとに効率上がってる!」
明里が歓喜の声を上げる。

「これでコストは大幅に下がるはずだ。」
教授が満足げに頷く。

「蓮君、素晴らしいよ。」
鳥居が肩を叩く。

「痛い痛い痛い! 叩き方強い!」

「嬉しいからついね。」

 明里は蓮の腕を掴み、鳥居からそっと引き離した。

「……ロジウムの最適ルート、これで確定だね。錫から直接。」

「うん……もう銀を経由する必要はない。」



 その数日後、政府と産業界に結果が共有される。

 銀の調達や二段階の歩留まりを考慮する必要がなくなり、
 ロジウムの生産コストは 半分以下 に。

 産業界の反応は——

「あり得ない……ロジウムの価格がこんなに……!」
「国家市場が根本的に変わるぞ……?」
「電子産業にも革命が起きる……!」

 政府の反応は——

「供給安定どころか、世界最大の生産国になる可能性がある。」
「国際交渉のカードが一気に増える。」
「諸外国が黙っていないぞ……対策を急げ。」

 そして研究室では——

「蓮、今日は特別に豪華ディナー行こっか。ロジウム成功祝い!」
「え、明里……どこ行くの?」
「任せて。予約してあるから。」

 蓮のロジウム成功によるコスト革命は、
世界と、そして彼と明里の日常を、大きく揺さぶり始めていた。


― ペアリング貸与計画始動 ―

 プラチナ・パラジウム・ロジウムの三金属が、大学内の量産ラインから安定して供給されるようになってから数週間。
 だが、桜庭研究室の会議室に集まったメンバーの顔は、以前よりもさらに緊張感を帯びていた。

「――結論として、蓮くんがずっと工場に付き添う形の生産体制は、もはや限界です」

 桜庭教授がホワイトボードに「脱・蓮依存」と大きく書いた。

「そりゃそうですよ。本人、毎週のように工場と大学を往復して、半分泊まり込みですし」
 明里が呆れたように言う。
 蓮は苦笑した。

「いや、俺は別にいいんだけど……ただ、規模が増えすぎたのは確かですよね」

 現在、プラチナとパラジウム、ロジウムの需要は急増していた。
 新素材メーカー、自動車メーカー、電子部品企業、化学工場――各産業が「次の時代の基礎金属だ」として大量に欲しがっている。

 だが、量産の根幹はすべて“蓮の生成イメージ”に依存していた。

 そこで桜庭教授が新たに提唱したのが――

「ペアリング貸与による工場生産」

 教授が机に置いたのは、輝く三つの指輪。
 プラチナ、パラジウム、ロジウム、それぞれ蓮が生成し、加工したペアリングだ。

「結論から言うと、蓮くんが作ったペアリングを優秀な技術者に貸し出し、蓮以外も能力の一部を使えるようにする。
 これが“ライセンス生産”の鍵になります」

「でも、ペアリングって……」
 明里が眉を寄せる。
「イメージを持ってない人には扱えませんよね?」

「そこが今回の研究テーマです」
 桜庭教授の目が光る。

「金属を深く理解し、正しいイメージを持てる人材を選抜し、蓮くんの“元イメージ”をペアリングを通して伝達する。
 そうすれば、一定の効率で生成・変換が可能になるはずです」

「つまり、研究者や技術者に“金属の感覚”を覚えさせるってことか」
 鳥居 凌が腕を組む。

「ええ。幸い、この国には優秀で几帳面な技術者が多い。特に金属材料、触媒、電子部品、化学プロセスの分野は世界トップレベルだ。
 彼らなら、蓮くんのイメージを“補完”できる可能性があります」

蓮はしばらく考えた末、静かに言った。

「……俺のイメージでいいなら、いくらでも共有します。
 その代わり、ちゃんと管理してほしいです。勝手に暴走されたら困る」

「もちろんだ」
 桜庭教授は頷き、資料を配った。

新プロジェクト名
『Adaptive Metal Resonance(AMR)計画』

プラチナ・パラジウム・ロジウムの専用ペアリングを貸与

指定した技術者・研究者に限定

金属イメージ研修(蓮の共鳴支援あり)

企業内の専用ラインでライセンス生産

国・大学・企業による三者管理システム構築

研修初日:金属のイメージを“感じる”訓練

 技術者たちが集められた部屋で、蓮は初めて“講師役”として前に立つ。

「みなさんにまず覚えてほしいのは、金属の“色と響き”です」

 彼はテーブルに銀、パラジウム、ロジウム、プラチナの試料を並べた。

「これらの違いは、見た目以上に“内部の響き”が違う。
 金属って、触ると音が伝わってくるんです。イメージの中で」

 技術者たちは半信半疑ながら、試料を手に取った。

 そこに、蓮のつけたペアリングが淡く光り――
 彼らの頭の中に、微かな“金属の像”が流れ込む。

「これが……イメージ……?」
「温度が違う……光の反射の“癖”も違う……!」

 明里が笑みを浮かべた。

「蓮の能力を、ちゃんと受け取れてますね」

◆工場ラインでの“人間ペアリング”実験

 数日後、プラチナ工場の一角で試験運転が始まった。

「では、ペアリング装着者、プロセスAを開始してください」

 技術者の手が原料の錫に触れ、ゆっくりと変換をイメージする。

 すると――

 銀の輝きが生まれ、次に白金族特有の白さが混じり、
 最後には――微量ながら純プラチナが析出した。

「成功だ……! 蓮くん以外でもできたぞ!」
「変換速度は蓮の1/20程度……いや、これでも十分すぎる!」
「これなら工場ラインに乗せられる!」

蓮はほっと息をついた。

「よかった……俺がいなくても動きますね」

「謙遜するな。基礎を作ったのは君だ」
 桜庭教授が肩を叩く。


 大学・政府・産業界の会議にて――

「蓮くんの能力を模倣するのではなく、“適合した人材”に“適切なペアリング”を貸与する。
 これは安全で現実的な方法だ」

「技術者は一定数選抜済みだ。訓練の初期成果は良好」

「企業側としても、蓮くんが倒れたら生産ラインが止まるリスクを解消できる。これは歓迎だ」

議論はすんなり進んだ。



「ねえ蓮、ようやく少し休めるんじゃない?」
 帰り道、明里が微笑む。

「そうだな。……でも、寂しいな」

「え? 何が?」

「明里と一緒に工場行く時間、ちょっと好きだったから」

 明里は真っ赤になり、
「そ、そんなこと言うなら……ライセンス生産が安定しても、デートで工場見学ぐらい連れてってあげるから!」

 と、視線をそらした。

蓮は楽しそうに笑った。