2025/11/23 15:00 公開
大学行政棟の最上階——「経済研究推進本部」の会議室は、歴史の重みを感じさせる巨大な楕円テーブルが中央に据えられていた。
普段は企業との共同研究契約や大型プロジェクトの承認に使われる場だが、今日はもっと特殊な案件で埋まっていた。
机の中央に置かれたのは、蓮と明里が提出した厚い資料。
“金および白金生成能力に関する技術的・倫理的審査申請書”。
見下ろすような視線が集まる。教授が同席しているとはいえ、学生が主役の審査というのは通常あり得ない。
「では、始めましょう」
議長を務める研究推進本部長——白髪交じりの穏やかな男性が、静かに開会の声を発した。
しかし雰囲気は穏やかではない。スクリーンに映し出された資料は、金や白金の生成能力、明里への能力共有、合金化の可能性……。いずれも常識外れで、読み込むほどに視線が鋭くなっていく。
「まず確認したいのは、この能力が再現性を持つ“技術”なのか、“個人的資質”なのかという点です」
経済工学の教授が尋ねる。目は真剣そのものだ。
「個人の能力です。俺と……明里さんが、特定の指輪を装着している時に限られます」
蓮が答える。
「つまり、外部に技術移転できるものではない?」
「はい。貸出用の指輪を作ることは可能ですが、そこからさらに一般化したり、技術として公開することはできません」
続いて、材料化学の准教授が資料をめくりながら問いかけた。
「白金の純度について。こちらを見る限り、市販の99.95%を軽く超えているようだが……これはどうやって?」
「金と同じく、指輪を介して加工した際に“混じりけのない状態”で生成されます」
蓮が慎重に答える。
明里も横に続く。
「合金化も、私と蓮くんの二人で金と白金を同時に扱うことで可能になります。職人がする工程を、そのまま“素材そのものを柔らかくして混ぜる”感じで……」
ざわめきが起きる。宝飾や歯科材料、電子部品に関係する教授陣が表情を変えた。
「——明里くん、あなたは宝飾分野でも活動していたね?」
本部長が確認する。
「はい。金のときと同じように、白金が扱えるなら、ジュエリーラインを拡張できます。ただし、販売については大学と国の判断に従います」
「ふむ。誠実な態度です」
会議室の空気が少し和らぐ。
しかし、次の質問は鋭かった。
「白金市場への影響をどう考えているか?」
経済安全保障の専門家が尋ねる。
蓮は深く息を吸い、真正面から答えた。
「俺たちだけで勝手に売るつもりはありません。ただ、研究資金や設備投資の面もあり、適切な枠組みが作れれば少量の販売は可能だと考えています。供給量は調整します」
「“調整”とは……どの程度?」
「現在の能力では、月あたり数キロが限界ですが……増やすこともできます。ただし、それは大学と国が求める方向によります」
会議室に静寂が落ちた。
金に続き白金までも——しかも合金も自由自在。その可能性は、研究者としては魅力的だが、経済としては重すぎる。
明里が口を開く。
「白金の宝飾需要はある程度限定されています。流通させるとしても、価格崩壊を起こすほど大量には出しません。むしろ、大学や国と協力して、産業活性化につながるように活用したいです」
その言葉には、審査委員の何人かが好意的にうなずいた。
本部長が議事録を確認し、結論を述べた。
「——審査は一次通過とします。君たちの能力は、大学の枠を超えた課題を含んでいます。次は国との合同審査になる。詳細は追って連絡をします」
「ありがとうございます」
「蓮くん、明里くん、桜庭教授。君たちは誠実に説明した。それだけでも大きな一歩だ。どうか、今後も慎重に行動してほしい」
会議室を出た瞬間、蓮は深く息を吐いた。
「……終わった……」
「蓮くん、すごかったよ」
明里が笑って肩を叩く。
その横で桜庭教授が静かに言った。
「まだ始まったばかりだよ。次は国だ」
白金の輝きが、一層重く感じられる瞬間だった。
霞ヶ関合同庁舎の十三階。
重厚な扉の前で、蓮は深く息を吸った。 大学での審査よりも、胸の奥が妙に静かだ。 緊張というより、覚悟の静けさ——そんな感じだった。
「行くぞ、蓮くん。明里くんも」
桜庭教授が白衣ではなくスーツ姿で言う。 その背筋は大学にいるときより、むしろ若々しく見えた。
三人が会議室へ入ると、十数名の政府担当者が並んでいた。 経済産業政策局、金融庁、内閣府の科学技術部門、国際戦略室…… さらに、外務省と財務省の職員まで揃っている。
まるで“国家のレアメタル対策会議”のようだった。 議長席に座る経産省局長が開会を告げた。
「——では、金および白金の“再資源化技術”について、大学側の説明をお願いします」
桜庭教授が立ち上がる。淡々と、しかし明瞭に説明を始めた。 蓮と明里の能力、ペアリングの仕組み、装置による効率化、そして流通への影響——。
説明が終わると、政府側の質問が次々と飛んできた。
「供給能力の上限は?」
「国外へ広がるリスクは?」
「大学の管理体制は信用できるのか?」
「国家への優先供給義務を求めることになるが——」
最後の言葉が出た瞬間、桜庭教授が静かに手を挙げた。
「失礼。ひとつ確認させていただきたい」
黒縁メガネを指で押し上げ、教授はわずかに微笑む。
「——我々は“戦略資源を好きに生み出せる国産技術”と見なされているようですが、誤解があります。蓮くんたちの能力は、国家に属するものではありません。個人です。」
会議室の空気が変わる。
「それでも国家的管理は不可避です」
財務省の官僚が食い下がる。
蓮はその瞬間、席を立った。強い声ではない。だが、腹の底に芯のある声だった。
「——管理されたくないから、こうして先に来ました」
政府側がざわめく。蓮は続けた。
「俺たちは能力を隠すことだってできた。でも、大学と国に報告した。
金も白金も、必要ならいくらでも作れます。
でも、だからこそ——“隠れてやってない”ことが重要なんです」
「では何を求める?」
経産省局長がまっすぐに問う。
蓮は一拍置き、明里と目を合わせた。
明里が軽くうなずく。そのまま、蓮は言い切る。
「俺たちは“協力関係”を求めています。従属ではなく。
国家の下請けではなく、共同のパートナーとして扱われたい」
室内が静まり返る。そこに桜庭教授が畳みかけた。
「大学を通じた正式な共同研究枠。成果の権利配分。市場への供給については“協議制”。これは最小限の条件です」
明里も続ける。
「白金・金・合金の制作ラインは宝飾研究の発展にもつながります。国に独占される形ではなく、学術と産業が両立する枠組みを希望します」
官僚たちは互いに視線を交わし、黙り込んだ。明らかに想定より“強気”だ。
やがて、外務省の担当者が口を開いた。
「……もし、国外から圧力が来た場合、どう対応します?」
蓮は即答した。
「国と大学と俺たちで“共同声明”を出しましょう。国外流出はしない。ただし適量の輸出プロジェクトは国と相談して決める。それでいいんじゃないですか?」
「……君、大胆だな」
「能力持ちなんてものを抱えてしまったのは俺たちじゃなくて、日本なんですよ。 俺たちの扱い方次第で、日本は未来の資源大国にもなれるし、世界の敵にもなれる」
深く静まり返る会議室。
国際戦略室の室長が苦笑しながら言った。
「……強気というより、“現実的”だな。いいだろう。検討する価値はある」
「共同研究枠、“国家との協議制供給”も前向きに検討します」
「国外とのやり取りについても、大学と政府で支える形を考えます」
「ただし、流通量の監視は協力してもらいますよ」
次々と肯定的な声が上がる。最後に経産省局長がまとめた。
「——今回の内容、前例がない。だが、君たちの姿勢は評価できる。正式な協力覚書(MOU)締結に向けて調整を始めます。 よろしく頼む」
会議が終わり、廊下に出た三人。
「……教授、ちょっと攻めすぎたかな」
蓮が苦笑する。
「いや、あれでいい」
桜庭教授は満足げに笑った。
「国家相手に下手に出たら潰されるだけだ。
それに——蓮くんたちは、もう十分“国家級”だからね」
明里が蓮の袖を軽く引く。
「蓮くん、かっこよかったよ。まさか霞ヶ関で“パートナー扱いしろ”なんて言うとは」
「そう言わなきゃ、何でも吸い上げられて終わるだろ」
蓮の言葉に、明里が笑う。
霞ヶ関を背に三人が歩き出すと、冬の風が頬を撫でた。これから日本は——そして彼らは——新しい時代に入る。
金と白金の輝きのように、眩しくて、危険な時代に。
プラチナと金の宝飾品づくり
研究棟の地下にある小さな作業室。普段は大学の実験器具でごった返しているのに、今日は違った。
中央の作業テーブルには——金の小さな粒と、白金の薄片。そして、桐原明里が持ち込んだ彫金用の工具が整然と並ぶ。
「よし、今日は“普通のデート”…という名目で宝飾品づくりだね」
明里がエプロンをぎゅっと締める。その横顔は完全に職人モードで、蓮は思わず見とれてしまった。
「いや、これ本当にデートでいいのか?」
「いいの。蓮くんと一緒に金と白金触れるだけで楽しいんだから」
「……あの、金属フェチみたいな言い方やめて?」
明里がぷっと吹き出す。
「じゃあ蓮くん、例の能力——“粘土化”、お願いできる?」
蓮が指輪を確認して小さく深呼吸すると、金の粒がふわりと明里の手のひらへ吸い寄せられ、ぷに、と粘土のような塊に変わった。
「ほんと、何回見てもすごいよねこれ……」
明里が目を輝かせる。職人としての純粋な興味と、高揚感が混じった声だ。
「じゃあ今日は二人で“金×白金のペアチャーム”作ろうか」
「ペ、ペア……?」
蓮が一瞬固まる。
「だって研究用だし。実験用だし。……もちろん、それ以外の意味は別に、無い…とは言ってないけど」
明里が横目でちらっと蓮を見る。
蓮の耳が一瞬で真っ赤になった。
「……作業に集中しようか」
「逃げた!」
二人の声が作業室に響く。
まずは金の粘土を明里が薄く延ばす。蓮はその横で白金を同じく粘土化し、光沢の違いを比べながら渡す。
「金ってやっぱり柔らかいね。白金の方がずっと強い」
「へぇ、そういうもんなの?」
「そういうもんなの。蓮くんはもっと勉強しなさい」
偉そうに言うが、明里の手は楽しそうに止まらない。
小さな金と白金の板を組み合わせ、ひねったり、打ち込んだり、模様を刻んだり——集中している二人の距離は、いつの間にか肩が触れあうほど近くなっていた。
「……あのさ、明里」
「ん? どしたの?」
「こうして作ってると、なんかその……普通のカップルって感じだなと思って」
明里の手がぴたりと止まった。 顔を上げると、耳まで真っ赤だ。
「……う、嬉しいこと言わないでよ。反応に困るじゃん」
蓮が慌てて言う。
「いや、その……研究とか国とかに振り回されてきたからさ。こうして、普通に一緒に何か作ってる時間、すごく良いなって……」
「…………」
明里はしばらく蓮を見つめてから、ちょっとだけ笑った。
「……蓮くんさ」
「?」
「この金と白金のペアチャーム、できたらさ……“研究用だけじゃなくて”、本当に……その、身につけない?」
「——っ」
蓮の心臓が跳ねた。
「……うん。いいよ。つける」
「っ……! よし、じゃあもっと綺麗に仕上げないと!」
明里は急にテンションを上げ、工具を握り直す。
「明里、頑張りすぎないように」
「だって蓮くんがつけてくれるんだもん! 手抜きとか絶対できないし!」
「いや、そういうこと言われると俺も緊張するんだけど」
二人きりの作業室に笑い声が溶けていく。
やがて完成したのは——金と白金を螺旋状に絡めた、小さな二つのチャーム。
「すげえ……綺麗……」
「でしょ? 世界で二つだけの“研究者カップル仕様”だよ」
明里がふざけたように言うと、蓮も吹き出した。
「つける?」
「……うん」
お互いに相手の首元に手を伸ばしながら、どこかぎこちなく、照れながら、
二人はそっと、お揃いのチャームを身につけ合った。
その瞬間——
「——おやおや、ずいぶん楽しそうじゃないかね?」
背後から桜庭教授の声。
明里「!?」
蓮「待って今の絶対聞かれた!!」
「安心しなさい。見たのは“チャーム”だよ。……いや、うん、実に微笑ましい。研究は順調なようだね?」
二人「話逸らすのやめて!!」
教授の愉快そうな笑い声が響き、三人の時間は、金と白金より暖かい光に包まれていった——。