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第14話 本来の能力

作者:急急如律令


2025/11/20 15:00 公開

「……そろそろ、確かめるべきだな」

 夕方の研究室で、桜庭教授が腕を組み、篠崎蓮と桐原明里の前に立った。窓の外は橙色に染まり、機材の影が床に長く伸びている。

「きみの能力は“金の再資源化”という形で運用しているが……そもそも、本当に生成できるのは金だけなのか?」

 教授の問いに、蓮と明里は顔を見合わせた。

「あの……できないと思いますけど。なんとなく、金にしか“反応”しなくて」
「まあ、これまでの現象を見る限りはね。でも異能の発現原理が不明瞭な以上、検証は不可欠だ」

 教授は机の上に数種類の“金以外の試料”を並べた。

銀のスプーン、銅のプレート、鉄製ナット、そして炭素のブロック。

「まさか、全部やるんですか」
「当然だ。未知を検証せずに放置する研究者など、ただの臆病者だ」

 教授の目はキラキラしていた。
 テンションの高い教授を見るたび、蓮は「なんだこの人は」と思う。

■第一試験:銀

「じゃ、まず銀いってみるか」

 蓮は“媒介指輪”を確認し、机の上の銀スプーンに手をかざす。……何も起きない。

「反応ゼロですね」
「うむ。じゃあ“集める”の方は?」
「集まれ」

 指輪が微かに熱を帯び、空気が震える――しかし動いたのは、近くの机に置いてあった“金色のペーパークリップ”だけだった。

「いやそれメッキですよ!」明里がツッコむ。
「……つまり、銀単独には無反応。金成分だけが反応した」
「はい、どうやら……」教授がメモに書きつける。


■第二試験:銅

「次、銅いってみよう」

 蓮が銅プレートに手をかざす。――微振動。だが結果としては、銅自体に変化はない。

「金成分が混じってるかチェックしたが……純銅だな」
「じゃあやっぱり……金だけ?」
「性質としては“選択的”。金だけを異常に区別している……と言えるな」

■第三試験:鉄

「鉄製ナットだ。やってみろ」

 蓮が指輪に力を集中させる。……微かに熱を感じた瞬間――

 ガタンッ!

 ナットではなく、実験台の隅に置いてあった“金塊”が勢いよく蓮の方に転がってきた。

「だからそれは金だっての!!」明里がもう一度ツッコむ。
「……この能力、本当に金しか認識してない……」
「素晴らしいね、篠崎くん。“金センサー”としては人類史上最強だ」
「そんな称号いらないです!」

■第四試験:炭素(黒鉛)

 教授は少し真剣な顔で炭素ブロックを差し出した。

「最後に炭素。もしこれが金に変わるようなら、とんでもない発見になるが……」

 蓮は手を伸ばし、炭素に触れない距離で手のひらを向けた。

「発動……?」

 精神を集中させるが、空気も、指輪も、まったく反応しない。

「無反応だな」教授があっさり言う。
「やっぱり……金だけ……?」
「金だけ、というより……“金という性質へ異界エネルギーが強制的に同調する”というべきだろう」
「それ、どういう……」

 教授はホワイトボードに円を書き、蓮の能力の周波数を説明し始めた。

「要するに君の力は、“異界のエネルギーを、金の属性に調律する”能力なんだよ」
「調律……」
「そう。金以外の物質への変換や生成は、そもそも共鳴が起きない。 だから金以外は作れない。逆に、金であれば集約も生成も自在だ」

 明里はホッとした顔をした。

「じゃあ、生体とか、毒とか、危ないものは……作れないんですね?」
「原理上、絶対に無理だ。篠崎くんは人類史上もっとも安全な超能力者といえる!」
「安全とか言われても……」

 蓮は苦笑したが、内心では僅かに安堵していた。 自分の力が、変な方向に広がっていないと分かっただけで、胸が軽くなる。

 桜庭教授は、ホワイトボードを指し示しながら結論を述べた。
「――つまり、篠崎蓮の能力は“金専用”。金の生成・集約・加工に限定されており、他の原子へは干渉しない。 国家も軍も心配しなくていい。……だが逆に言えば、金に関しては世界最強クラスで危険だ」
「結局危険なんですね!?」
「そうとも言う」

 明里は吹き出した。

「とにかく……能力の限界がわかって、よかったです」

 蓮もうなずき、深く息をついた。自分の力は、危険な万能能力ではない。ただひたすら――金だけを生み、集め、鍛える力。単純だからこそ、扱い方で世界が揺れる。その現実が、彼の背筋をひやりとさせた。


蓮は、暗い研究室の片隅でひとり、掌に広げた金の小片を見つめていた。表面は滑らかに輝き、どこから見ても純度99.999%、人工的に作ったとは思えないほど完璧な結晶構造。だが、その美しさが今は不気味な沈黙に見える。

「……本当に、俺が作れるのは“金”だけなのか?」

 思わず零れた呟きが、夜の研究棟に薄く響いた。

 桐原明里は、離れた実験台でノートにメモを取りながら、顔だけこちらに向ける。

「蓮くん。どうしてそんなこと思ったの?」
「最近の会合続きでさ……。逆に言えば“金しか作れないはずがない”って目で見られてる気がして」

 冗談めかしたが、声には苦味が混ざっていた。 金価格の変動、大学や政府の圧力、各国の期待と猜疑。すべてが、蓮というひとりの人間に集まりすぎている。

「――ねえ、蓮くん」

 明里がそっと寄ってきて、蓮の手のひらを覗き込む。

「もし、他の元素も作れるとしたら……どうする?」
「正直、怖い。でも……確かめないといけない気もする」
「教授に相談しよっか」

 そこへ、ちょうど桜庭教授がドアを開けて入ってきた。

「相談なら、もう聞こえておるよ」

 教授は白衣を翻し、二人の前に立った。

「君の能力が“何を起点に”発現しているのか。それを突き止める時が来たんじゃないかね」

 蓮と明里は息を呑む。

「金だけが生成される理由……逆に言えば、金以外が“ロック”されている可能性じゃ。人体で自然生成しない重元素、核変換……未知のプロセス。どれも常識外れだが、君の場合は今さらじゃろう」
「教授……つまり、試す気なんですね」
「もちろん。だが安全には十分配慮する。レアメタルの生成は、不安定な状態を伴う可能性がある。だから――」

 教授が机に置いたのは、新しい装置の設計図だった。金のリングと連動する――“元素制御フィールド発生装置”。

「蓮、明里くん。君たち二人のペアリング機構を応用した試作機だ。金の“粘土化”能力の範囲が、金属の結晶格子そのものにアクセスしているのだとすれば、似た構造を持つ他の金属へ、微弱でも“手を伸ばせる”可能性がある」
「それって……プラチナとか、レアアースとか……?」
「そうじゃ。だが。金とは違い、生成に必要なエネルギーや安定条件がまるでわからん。危険性も未知数じゃ」

 蓮は息を整え、ゆっくりとうなずいた。

「……やります。俺の能力の正体を、はっきりさせたい」

 明里が蓮の横でリングに触れ、そっと微笑む。

「私も一緒に。蓮くんの能力、ずっと傍で見守ってきたんだから」

 教授は満足げに目を細める。

「よし。ならばまずは、金と最も近い性質を持つ元素……“白金族元素(プラチナ・パラジウム・ロジウムなど)”からだ」

 明里が思わず息を呑む。

「もし成功したら……国家レベルどころじゃなくなるね」
「だからこそ慎重に進める。君たち二人の力で、この国の未来が大きく変わるかもしれんからな」

 蓮は、金の薄片を強く握りしめた。

『金の次は……レアメタル。俺の体の中、一体どんな仕組みが隠れているんだ――?』

 研究室の照明が、彼の握る金の層を照らし、微かに形が揺らいだ。

 それはまるで、未知の元素が“扉の向こう”で息を潜めているかのように――。


白金生成実験の当日。 桜庭研究室の一番奥、特別に遮蔽を強化した部屋の中で、蓮は深呼吸をした。

「……じゃあ、始めるよ」

 隣で明里が頷き、データ記録装置のスイッチを入れる。部屋の空気が張り詰めた。

「再現するのは、君の“最初”の現象だな」

 桜庭教授はタブレットを手に、穏やかな口調で言った。

「金の指輪も、金片もなし。ただ、YouTubeで見た“金の部屋”の映像に影響された思考に引きずられて、突然部屋中が金になった、ってやつね」

 明里が苦笑する。

「ほんと、あの時は何が起きたか理解できなかった……」

 蓮は苦い笑みを浮かべながら、あの日を思い出す。

――蓮の回想(初覚醒)

 動画を見ながらふと呟いた。

「……金でもあればなぁ」

 その瞬間、ワンルームの壁、床、家具、全部が光り出した。ザラついた白い壁が、金箔を貼ったみたいに輝く。テーブルの脚までもが黄金色に。

「なっ……待っ、やめ……やめぇぇぇっ!」

 パニックで思わず叫んだ。

 そこで「戻れっ!」と叫んだ瞬間、黄金の壁が液体のように流れ、床を伝って蓮の両手へ集まりはじめる。

「うわっ、ちょ、まっ……!」

 あまりに勢いが激しくて、蓮は盛大にくしゃみをした。

「へっ……くしょいっ!」

 ぶわっ、と金が破裂して四方八方に飛び散った。

 そして、両肩にべっとり付いた金の塊を見ながら思った。

「……固まれっ!」

 すると、本当に金が粘土みたいに柔らかくなった。その後、なんとか金塊をこねて指輪の形にすると――身体の異常な高揚感も収まり、能力は安定した。

――そして現在、白金で再現

「じゃあ――ここで“白金を想像”してもらう」

 教授の声で、蓮は意識を現在に引き戻された。手元には、標準試料の白金粒が1ミリほど。しかし、蓮の能力は白金を自分で作ったことがない。

「金の時みたいに……“白金の部屋”なんて動画あるか?」
「探しておいたよ」

 明里がタブレットを渡す。画面には、宝飾店の展示室。壁一面にプラチナ装飾が施された部屋の映像。

「行ける?」
「……やってみる」

 蓮は映像を見つめ、ゆっくり意識を沈める。

(白金……プラチナ……色は銀白色。もっと重くて、冷たくて……)

「……もし、プラチナでもあればなぁ」

 その瞬間だった。

 ――ピシィ。

 空気が張り詰め、金とは違う、冷えた金属の気配が走った。壁の表面が“光り始める”。

「き、来てる……!白金の光沢だよ、これ!」

 明里が息を呑む。金ほど派手ではない。だが、確かに銀白色の層が壁に薄く張り付いていく。

「蓮くん、制御を!」
「わかってるっ――戻れ!!」

 叫んだ瞬間、部屋に広がりかけていた白金が、一気に液体金属のように収束し始める。 しかし――

「金の時より……重い……っ!」

 金よりも密度があり、動きが鈍い。手に集まるのが遅れ、白金の波が床を這うように押し寄せてくる。

「蓮くん!集中して!」
「ぐっ……来いっ!」

 両手を突き出すと、白金の流体が重たい音を立てて蓮の手にまとわりついた。

「……くしゅっ!」
「わっ、また!?」

 蓮の小さなくしゃみで、白金が金属粉のように飛散する――しかし。

「止まった……?」

 空中で粉が“落ちない”。重力を無視したように漂い、細かく震えている。

「不安定だ……結晶構造が固定されていない!」 教授が叫ぶ。
「蓮くん、“固まれ”だ!」
「わかった……固まれっ!!」

 白金粉が一斉にうねり、ひとつの塊へと収束する。金とは違い、粘土状ではなく“ガラスのように硬い半固体”になった。

「これ……白金か……?」
「化学分析は後でやるが、見た目は間違いない」

 教授の声は震えていた。明里も、蓮の背を支えながら呆然と白金塊を見つめている。

「蓮くん……これ、まじで……とんでもないことだよ」
「……うん。自分でも、そう思う」

 蓮は深く息を吐き、白金の塊を見つめた。

「じゃあ……この白金で“指輪”を作ったら、どうなるんだろうな」

 静まり返った室内で、それぞれの胸に、同じ予感が走っていた。――金の時と同じく、“新しい能力領域”が安定するのではないか。

教授は小さく笑う。

「試さない理由が、どこにある?」